bunnoichi’s diary

高専から大学編入した野郎の激ユル仙台日記(大フィクション)です

【クソ長文章】星野源の音楽ざっくり入門

星野源の音楽ざっくり入門の入り口

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様々な星野源

こんにちは、執筆者のぶんのいちです!突然の告白になりますが、私ぶんのいちは星野源さんが大好きです...というか敬愛してます...というか、病的にリピート再生してます...

「え?どのくらい好きかって?」という幻聴を頂いたので答えると、イントロ2秒で全楽曲当てられる&カラオケで全楽曲歌える(上手いとは言ってない)くらいに好きです。イントロクイズに関しては、シングル版かアルバム版かが分かるくらいに好きです。

そんな星野源中毒者のぶんのいちですが、実はこの間の工華祭(学校の文化祭)でミニFM企画に携わりまして、2時間分枠を頂いて源さんの楽曲についてただただ語り尽くす番組をやっておりました。放送事故にならないよう、予め原稿を用意して望んだのですが、原稿の時点であまりにエキサイトしていたらしく、2時間やって用意した原稿50%も読めないという自体に陥ってしまいました。このまま自己満足で昇華させても良かったのですが、折角なのでこのAdventCalendarにボンと載っけることにしました。

タイトルにもある通り、この記事では星野源のソロ楽曲について、"5つの時代区分"を導入しながら、その音楽性の変遷を辿っていく星野源の音楽ざっくり入門”をお届けします。本当であれば”オススメアルバム集”も書きたかったのですが、予想以上にこのテーマが長くなったため、それはまた別記事でご紹介します。

ここで1つの注意事項として、本記事は”俳優・星野源”あるいは”文筆家・星野源”についてはフィーチャーせず、あくまで”音楽家星野源”としてざっくりまとめする記事となっております。よって、この記事は

  • 星野源の音楽を時系列で追ってみたい方
  • 星野源の音楽をもう少し深く聴いてみたい方
  • 星野源が影響を受けた音楽が気になる方

といった方々へ向けた記事になるのではと思っています。また、クソ長文章なので、適宜読み飛ばしながら御覧ください。なお、関連するアーティストを紹介した際は、できるだけAppleMusicのリンクを貼っ付けるつもりですので、気になったら30秒だけでも聞いてみて下さい。

そんなこんなで、筆者がここ7年の間に醸成してきた星野源作品への想い、そして、聞いてきた音楽への想いを、20歳を迎えるここで今、吐き連ねる。

※文化祭ラジオ用に書いた自分向けの文章をコピペしてるため、常体敬体が混ざってたり、堅い表現があります。

この記事は 群馬高専 Advent Calendar 2021 24日目の記事です。

星野源のざっくり歴史

星野源の音楽の変遷をたどる前に、ざっくりと様々な前情報に触れておく。(「前置きはいいから早くしろ!」という方は音楽性の変遷飛んで頂いて構いません。)

星野源は、1981年1月28日、埼玉県蕨市にて、八百屋を営む両親のもとに生まれた。父親はJAZZを好んでいたらしく、幼少の頃より様々な楽曲に知らぬまま触れていた。市内小学校を卒業後、蕨市から離れた飯能市に位置する私立自由の森学園中学校・高等学校に入学。民族舞踊部という珍しい部に在籍する傍ら、ドラム、ギターの練習に勤しむ。また同時期、演劇にも興味を示した星野は、こちらも同様に練習を始める。

高校卒業後の2000年、同じ高校の卒業生であった伊藤大地田中馨野村卓史(浜野謙太は後に参加)を誘い、インストバンドSAKEROCK”を結成。自費出版、レコードショップに自ら売り込みをするなどの活動を経て、2003年、1stアルバム”YUTA”を発売。以来、数々の楽曲、映画のサウンドトラックを手掛ける。SAKEROCKは2015年まで活動を続け、良質なインスト曲を数々発表してきた。解散から5年以上経過した現在においても、バラエティ番組のBGMとしてSAKEROCKの曲を耳にする機会は多分にある。この文章を執筆中の2021年9月、SAKEROCKサブスクリプション及び配信が待望の解禁。

2010年、師と仰ぐ細野晴臣の後押しもあり1stソロアルバム”ばかのうた”をリリース。その後も精力的なソロ活動を行うが、2012年から13年にかけ、くも膜下出血により2度の休養を余儀なくされる。しかし復帰後は、1年の断続的休養の影を見せない活動を遂げ、2015年に3rdアルバム”YELLOW DANCER”、翌年には社会現象ともなった”恋”、18年に”POP VIRUS”などのヒット作を次々リリース。2020年4月の外出自粛要請の最中には、自身のinstagramにて約1分の弾き語りを公開し、親好のあるアーティストはもとより、楽器経験のない芸能人、一般のSNSユーザーや活動が出来ない吹奏楽部生たちが思うままにこの楽曲とのセッションを撮影、公開をし、閉塞感の漂いだした日本に再び社会現象を巻き起こした。

2021年5月、ドラマ”逃げるは恥だが役に立つ(TBS)”にて共演した女優、新垣結衣との婚約を発表し、現在に至る。

"5つの時代区分"の導入

ソロ活動としては11年の期間になりますが、この年月を連続した1つの歴史として考えることは、少々流れが掴みづらく感じます。よって本記事ではより見通しを良くするため、星野源の活動について、第0時代から第4時代までの、5つの時代区分を設けることにします。各区分は以下のとおりです。

  1. バンド時代(第0時代、2010年6月以前)
  2. ソロ初期時代(第1時代、2010年6月〜2013年半ば)
  3. 前期ブレイク時代(第2時代、2013年半ば〜2015年末)
  4. 後期ブレイク時代(第3時代、2016年初頭〜2019年春)
  5. 再進化時代(第4時代、2019年春〜現在)

こんな感じに区切ってみました。この区切りの明確な根拠については、各時代の解説項でお話ししていると思います(多分)ので、そちらでご確認下さい。

また、それほど用いることはないが、もう1つの時代区分も定義することが出来る(読み飛ばし可)。

  1. 詩の過程(2010年6月〜2011年)
  2. メロディの過程(2012年〜2014年)
  3. サウンドの過程(2015年〜2018年)

この時代区分は邦楽史という大きなものにも適用できる気がする。1つ目は、並木路子の”リンゴの唄(1946)"などに代表される「詩の過程」、2つ目はGHQ(AFN放送)の影響を受けたGSや服部良一作曲の”東京ブギウギ(1947)”(笠置シズ子)などに代表される「メロディーの過程」、3つ目は70年代までの国内外の芳醇な音楽を取り入れた、YMO山下達郎らなどに代表される「サウンドの過程」である。現代のシンガーソングライティング作品は、この3つの進化過程を踏襲した上で成り立っていると考えることが出来る。
以上の3つの過程を星野源の十年間に適用してみる。「3つの時代」が完成する日付を”POP VIRUS”リリース日に設定すると、1つ目の時代(詩の過程)は2ndアルバム”エピソード”まで、2つ目の時代(メロディーの過程)は3rdアルバム"Stranger"まで、3つ目の時代(サウンドの過程)は”POP VIRUS”までになると筆者は考えている。ただし、1つ特筆すべき事項は、歌詞の難解さ3つ目の時代の段階で増しているという点である。

星野源ディスコグラフィーについて、今定義したような5つの時代区分(あるいは3つの過程区分)を意識して聞いてみると、時系列で追った時に少しでも追いやすくなるのではないだろうか。もし「もう分からん」ってなった場合は、これを活用してみてほしい。

星野源に影響を及ぼした音楽

お源さんの作品は、この10年で大幅に音楽性が変わっている。勿論、10年もやっていれば音楽性が変化することは至極当然といえばそれまでだが、1stアルバム”ばかのうた”と最新曲”不思議”,”Cube”(執筆時点)では、同一のアーティストとは思えない変貌を遂げていることが分かるだろう。この項では、その音楽性の変化の過程と要因を、先に定義した時代区分を用いて考えていきたいと思う。

ここでは、主としてソロ初期時代以降の音楽性変遷について考察するが、その前に、星野が影響を受けてきた音楽について軽く触れておこう。

星野源の音楽的ルーツはジャンル、年代ともに多岐にわたる。国内の音楽では、ハナ肇クレイジー・キャッツ山下達郎キリンジNumber Girl、ラジオではサザンオールスターズ平沢進の楽曲をかけるなど、ジャンル、年代を問わず様々な音楽から刺激を受けている。ギャップの空いている2つの事例を掲げてみると、美空ひばりからSnail's Houseまで影響を受けている。中でも、星野源を語る上で外せない細野晴臣という存在に一度触れておきたい。

細野晴臣について

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巨匠・細野晴臣

 細野晴臣は1947年(昭和22年)、港区白金に生まれた日本を代表する音楽家の一人である。

 70年代以降の邦楽史に多大なプレゼンスを示している”はっぴぃえんど”、多くのアーティストのサポートを行った”ティン・パン・アレー”、リズムの精緻な研究とシンセサイザーを用いた電子音楽で人気を博した”YMO(Yellow Magic Orchestra)”、細野晴臣忌野清志郎坂本冬美で構成される”HIS”などのビッグネームとされるグループで活躍する一方、ソロ活動においても当時の日本では異端的サウンドとされたトロピカル三部作アンビエントを発表するなど、戦後邦楽を語る上で欠かせない人物である。

 細野晴臣、はっぴぃえんど、YMOをフェイバリットに挙げて影響を認めている人物は、プロアマを問わず数多くいる。執筆者のぶんのいちも細野沼にはハマったし、細野のことを”僕にとっての、音楽のお父さん”と呼ぶ星野もその1人である。

ちなみに、細野晴臣のざっくりまとめに関してはこの記事がとても秀逸であると感じているので、ぜひ訪れてみてほしい。(本タイトルの”ざっくり”という呼称も、こちらから引用させてもらった。)

ystmokzk.hatenablog.jp

話を戻し、国外に目を向ければ、Micheal JacksonやMarvin Gayeなどを擁するMotown(レーベル)、Earth, Wind&Fire、Janet JacksonKanye West、D'angelo、Nina Simone、The Blues Brothers、Martin Dennyなど、数多くのアーティストに影響を受けており、その多くは”Black Music”という単語で括ることができる。

大雑把な表現を許容すれば、星野源の柱となる2本は、細野晴臣とBlack Musicといっても過言ではないだろう。これらのアーティストに加え、現代の国内外(本稿では”世界各地域”という表現が適当だろう)の様々なサウンドを享受し、現在の楽曲制作に至っていることを念頭に置いてほしい。以上を踏まえた上で、音楽性の変遷について筆者の独断と偏見で論じていこうと思う。

"ONE HUNDRED AND TWO DISCIS"について

作品における音楽の変遷を書く前に、本項に関連して1冊の本(というよりブックレット)を紹介しておきたい。星野源が毎年発行しているYear-Bookである”YELLOW MAGAZINE ISSUE 4”の特典として封入された、”ONE HUNDRED AND TWO DISCS”である。この本は星野源が影響を受けてきた音楽作品を時系列で紹介している他、普段のバンドメンバーなどがオススメした音楽作品の紹介が収録されている。星野源が影響を受けた音楽を知るには、恐らくこの本が最も有効であろうということで、ここで紹介をしておく。
本来であれば、この本の内容を引用しつつ変遷をたどることが理想的だと考える。しかし、この”YELLOW MAGAZINE”は雑誌などのパブリックな媒体ではないという点や、”ONE HUNDRED AND TWO DISCS”は”YELLOW MAGAZINE ISSUE 3”を購入していた人が”ISSUE 4”を継続購入した際の特典として封入されたという点などを鑑み、この本からの引用は避け、引用をする際はインタビュー記事やメディアでの発言などを中心に行うことを方針とする。

星野源楽曲における”シングル”と”EP”の違い(追記;22-1-1)

星野源ディスコグラフィーでは、シングルとEPの意味合いが、他のアーティストと比較して若干異なることを冒頭で解説しておく。そしてややこしいのは、同じ4曲入りの作品であっても”シングル”と“EP“で区別されている点である。この点がそこまで重要かと言えばそうではないが、星野源作品に初めて触れる方には注意して頂きたい点である。

第1(ソロ初期)時代から第3(後期ブレイク)時代までの”シングル”の意味

「シングル(single)とは1,2曲単体でリリースされた作品」という認識が一般的だろう。”配信シングル”だったら1曲のみで配信された音楽作品のことだし、”CDシングル”だったら12cmCDに1,2曲、カラオケ版なんかも入ったりしてる音楽作品のことイメージするだろう。

しかし、ソロ初期時代から後期ブレイク時代(2010-2019年春)までにリリースされた星野源作品において、シングルとは4,5曲入ったCD作品のことを指すのである。構成としては、

  1. タイトル曲(A面曲)
  2. B面曲1
  3. B面曲2
  4. House Ver.(宅録曲)

の4曲入りである(例外は”くだらないの中に”、”フィルム”、”ギャグ”、”時刻でなぜ悪い”)。「え?EPじゃなくてなんでシングルって言ってるの?」という疑問を抱く人も多いだろう。勿論、これには理由がある。

星野源は”CDシングル”という形態について「まだ全然容量残ってるのに1曲しか入れないのもったいない!」という熱い思いをもっていた。そこで「1曲+カラオケ版を入れるのではなく、それなら新曲をもう少しツッコもう」という流れで、4,5曲入りでも”シングル作品”と呼ぶようになったのである。ちなみに、この期間において公式に”EP作品”としてリリースされた作品は存在しない。

第4(再進化)時代以降の”シングル”の意味

2019年春以降の再進化時代においては、それまで”シングル”と呼んできた作品形態に加え、”EP”という形態もリリースすることになった。2019年春までにリリースされていた”シングル作品”は11枚あった。これまでの流れから類推すれば12thシングルとしてリリースされると予測できた次の作品は、”星野源1st EP 'Same Thing'”としてリリースされた。

www.hoshinogen.com

今、上に貼り付けた星野源HP内の”Same Thing”のリンクも、URLには"www.hoshinogen.com/music/ep01/"と記載されている。

その一方で、2021年初夏にリリースされた4曲入の”不思議/想像”は12thシングルとしてリリースされているのである。

www.hoshinogen.com

「EPなのかシングルなのか分からなくなってきたぞ」ということで、”Same Thing”と”不思議/想像”の相違点をリストアップしてみる。すると

  • 配信限定(イエパス販売を除く)かCD発売か。
  • タイアップ、主題歌等があるか。
  • 他者との共同制作作品があるか。
  • 楽曲が全て事前に公開されていたか。

等が挙げられる。この事と、過去のシングル作品との共通点を探して考えてみると、星野源作品における”シングル”の十分条件

  • CDパッケージとしてリリースする作品で、曲数が2曲以上6曲未満。
  • 収録楽曲のうち、リリース前からタイアップや主題歌として使用されることが決まっている楽曲が1曲でもある。

となるのではないだろうか。そして、この定義から外れた作品がEPと言えるのではないだろうか。この定義の確実性を担保するにはまだ作品数が少ないが、現段階ではこの定義が最も強力な”星野源におけるシングル作品の定義”と言えると思う。

”DIGITAL ONLY”について

さらに話を複雑にするようで申し訳ないが、星野源作品にはこの他に”DIGITAL ONLY”という形態がある。これは特段の注意は必要とせず、「音楽配信サイト、またはストリーミング配信で公開された1曲だけの作品」である。例を挙げれば、”アイデア”、”うちで踊ろう(Potluck Mix)”、”折り合い”、”Cube”などである。

この”DIGITAL ONLY”では、先のシングルの定義にあるような「タイアップの有無」といった条件は無く、ただ「1曲配信か否か」のみである。

www.hoshinogen.com

ちなみに、星野源Wikipediaでは、この"DIGITAL ONLY"は”配信シングル”という名前でまとめられている。

以上が、星野源の音楽性の変遷を探る前に知っておきたい前情報であった。これらを踏まえて、次項より、その歴史をたどっていく。

星野源、その音楽の変遷

各時代の音楽について、ざっくり解説していく(としたが、クソ長になってしまった)。

バンド時代(第0時代、2010年6月以前)

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SAKEROCKの5人(左から野村、伊藤、星野、浜野、田中)
※画像をクリックすると、カクバリズムHPへ飛びます。

本記事はあくまでソロ楽曲の解説を主としているため、SAKEROCK時代の楽曲については軽く触れる程度で抑える。

先述の通り、中学高校時代に民族舞踊部で活動する傍ら、ドラムとギターの練習を始め、2000年にインストバンドSAKEROCK”を結成。2001年にバンドとして初の作品”sakerock”(自主制作)を制作。以降、”YUTA”、”慰安旅行”などをリリースし、2005年、解散まで在籍することとなるカクバリズムより2ndアルバム”LIFE CYCLE”をリリース。AppleMusicのリンクを貼るので、ぜひ聞いてみてほしい。

また同年、個人としては初となるミニアルバム”ばかのうた”(自主制作)をリリース。2010年のソロデビューまでに個人で歌って演奏した作品は、この”ばかのうた”と、平野太呂撮影の写真集とセットになった”ばらばら”(2007)のみである。

2010年5月、バナナマンバナナムーンGOLD(TBSラジオ)にて日村勇紀への39歳誕生日の歌を弾き語る。これ以降、日村の誕生日週の放送では星野がゲスト登場し、日村の誕生日ソング(あるいは設楽へ向けた歌)を書き下ろし、演奏している。

ソロ初期時代(第1時代、2010年6月〜2013年半ば)

ソロ初期時代に該当する作品は以下の通りである。

  • ばかのうた(album, 2010)
  • MUDA(SAKEROCK, album, 2010)
  • くだらないの中に(single, 2011)
  • エピソード(album, 2011)
  • フィルム(single, 2012)
  • 夢の外へ(single, 2012)
  • 知らない(single, 2012)
  • Stranger(album, 2013)
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左から、ばかのうた、くだらないの中に、エピソード
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左から、フィルム、夢の外へ、知らない、Stranger
※画像をクリックすると、星野源HPの該当ディスコグラフィーへリンクします。

素朴な音色だが、明確な世界観のあるソロ初期時代

星野は1stアルバム制作時について「本当にお金がなかった」「会社も全く期待しておらず、チラシすらコンビニで自費印刷した」と話している。そのため、様々な楽器・サウンドが入り混じった現在のような音楽ではなく、「もしや別人なのでは?」という疑問符すら容易に生むことができる。1stアルバム”ばかのうた”は、同年にリリースされたSAKEROCKの”MUDA”のようなカントリーロッキーな曲調や音色は呈さず、白人のフォーキーなメロディーという印象を抱く。筆者は2010年前後の星野源をリアルタイムで追ってはいない(筆者は当時小学3年生)が、それまでリリースされていたSAKEROCK時代の作品(”トロピカル道中”や”ホニャララ”)から”ばかのうた”をシリーズで聞き続けてみると、音楽的な乖離が非常に大きい。前者(sakerock)が「陽気でバカバカしく、穏やかなニューオリンズのよう」という感じであれば、後者(ばかのうた)は「バラード多めで暗く、日が没するときのよう」と表現できるのではないか。少なくとも、筆者はそう感じた。インスト曲である”さようならのうみ”を聞いてみてほしい。筆者はこの曲を冬の日没時に病的にリピートしていたが、言わんとしている雰囲気が伝わるのではないか。


しかし、星野源は敢えてこの曲調で挑んだのではないか。当時の星野源が、どこまでを見据えてソロ活動を始めたのかは知る由もないが、SAKEROCKとの線引きははっきりとされているし、バンドのつてをたどれば、トロンボーンプレイヤー、シンセサイザーDAWソフトの使用もできたと思う。だが、敢えてこれらの、いわゆる”背伸び”は行わなかった。この意味を考えてみる。
実際に、この時代の楽曲を聞いてみよう。1stアルバム”ばかのうた”の1曲目”ばらばら”である。マリンバ、ピアノ、アコギによる穏やかなイントロとは裏腹に「世界は一つじゃない ああそのまま ばらばらのまま 世界はひとつになれない そのまま どこかにいこう」という観念的な歌詞で始まる。この曲は星野源が25歳の時に衝撃的な失恋をし、恋人の写真をキッチンで燃やすほどに荒んだ時期に書かれた曲である。この後は「気が合うと見せかけて、重なり合っているだけ 本物はあなた、私は偽物」と続く。一方でこの曲の2番では、1番の”ヤケクソ”な歌詞と裏腹に「あの世界とこの世界、重なり合ったところに たったひとつのものがあるんだ」と、ある種の”救命的に”この世界の他人に対する活路を見出している。1曲目の曲調と歌詞の内容に、ソロ初期時代の星野源の世界観が表れていると感じることができる。通常、アルバムの1曲目であれば、イントロとして”デイジーお味噌汁”といったインスト曲や、”穴を掘る”といったアップテンポの曲を頭に持ってくることが一般的である。
だが敢えて、その様な曲調のものでなく、ストーリー性も孕んでいない、マリンバを使って普遍的なことを歌ったこの曲を頭に持ってきたことに意味を見出すとすれば、彼は曲を通しての自己紹介を行ったのではないだろうか。そう考えれば、アルバムを通して背伸びと感じさせるような楽器を使っていない点や、SAKEROCKを感じさせる曲調になっていない点にも納得がいく。そこには、2010年当時の”ソロアーティスト星野源”としての確固たる気概と自信を伺うことができる。

2011年には1stシングル”くだらないの中に”、2ndアルバム"エピソード"をリリースする。エピソードはアルバムを通して「死」について多角的に歌われている。例えば”ストーブ”は火葬の歌、”営業”は生命保険の営業マンの歌、”予想”は自殺する人の心情を推し量った歌である。

ここで、メジャーではないが星野源の音楽性を語る上で重要な楽曲である”湯気”についての記述を行う。

”湯気”は、1stシングル”くだらないの中に”のB面として収録された曲であり、2ndアルバム”エピソード”にも収録されている。近年では、”Gen Hoshino’s 10th Anniversary Concert “Gratitude””や、”YELLOW PASS Live Streaming “宴会””などで披露されている。この曲はところどころ演奏が一瞬だけ止まる、言い換えれば「シームレスなリズムが崩壊する瞬間」が存在する。先程の2公演を観た人なら分かると思うが、ライブ演奏ではそれが顕著に現れている。曲の冒頭のキーボードとドラム、空白の感覚も、完全な交互の拍ではなく、少し片方にウェイトがずれながら進行しているだが、これが、現在の星野源の音楽を作り上げる第一歩となるのである

星野源はこの曲について、このように語っている。

この頃、まだディアンジェロを知らないままにですね、いわゆるネオソウルというものをちゃんと意識しないままにこういうのをやりたいと思ってやってですね。で、「ディアンジェロみたい」って言われて「なるほど。俺はこういうのをやりたいんだな」っていう風にして。(2020年7月7日放送 星野源オールナイトニッポンより)

D'Angelo(ディアンジェロ)は、1974年バージニアに生まれた歌手であり、作曲家、プロデューサーとして活躍する音楽家でもある。2001年に発表された"Voodoo"は、Black Music、あるいはネオ・ソウルの金字塔的作品として呼び声が高い。詳細は批評家の記事に委ねる。

www.udiscovermusic.jp

要約すると、2011年段階の星野源は、既存の音楽(D'Angelo)を意識しないまま、日本では「攻めている」と言わしめるような音楽を志そうとしていた。”湯気”においては、D'Angeloと形容されるようなリズムのズレや音のまとまりを表現しつつ、日本人が順応しやすい細野イズムを継承したまろやかな音色となっている

先程の引用には続きがある。

なのでいわゆるブラックミュージックとかソウルとかR&Bっていうのを自分のその実験の場っていうか。でも自分は日本人だから。その日本人であるという部分と、そのソウルミュージックっていうものをちゃんとくっつけて、それで今までにないものにしていこうっていう実験の一番最初の曲ですね。そこから僕の音楽性ってのはどんどんどんどんそっちに進化していったようなところがあるので。「始まりの曲」っていう感じですね。

以来、星野源は主にシングルのB面(カップリング)において、このR&Bチック、ソウルチックな楽曲研究を進めてきた。

”エピソード”リリース以降、星野源の音楽性は一言で言えば、段々とフォーク的路線からJ-POP路線に移行してゆく。これは、星野源が自身のルーツとしてきたダンスミュージックの路線にシフトしていためである。化粧品アネッサのCMソングとなったシングル”夢の外へ”では、星野自身と、ダンサーの井手茂太が出演している。

そして2013年、3rdアルバムである”Stranger”をリリースする。これまでのアルバム2作品とは異なり、”Stranger”の1曲目はテンポも早く、2分半ほどで終わる”化物”が来ている。続く2曲目には、社畜を励ます疾走感いっぱいの”ワークソング”、3曲目にはダンスメインのMVである”夢の外へ”と続いている。4曲目に”フィルム”というスローテンポな楽曲が来るこの構成は、次作である”YELLOW DANCER”と酷似している。

”Stranger”のレコーディング終了と同時に、星野源を病が襲う。

前期ブレイク時代(第2時代、2013年半ば〜2015年末)

前期ブレイク時代に該当する作品は以下の通りである。

  • ギャグ(single, 2013)
  • 地獄でなぜ悪い(single, 2014)
  • Crazy Crazy/桜の森(single, 2014)
  • SAYONARA(SAKEROCK, Last-Album, 2015)
  • SUN(single, 2015)
  • YELLOW DANCER(album, 2015)
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左から、ギャグ、地獄でなぜ悪い
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左から、Crazy Crazy / 桜の森、SUN、Yellow Dancer
※画像をクリックすると、星野源HPの該当ディスコグラフィーへリンクします。

 

ダンサブルなヒットを連発させた前期ブレイク時代

くも膜下出血になった星野源は、絶対安静の入院生活を余儀なくされる。入院中は音楽を聞くことしかやることがなかったといい、Princeの”I wanna be your lover”に感銘を覚える。

この入院生活を機に「楽しい音楽を書きたい」と想起し、以降のダンサブルな音楽性へと変遷していくこの入院は、星野源の今日の活動に至る上で外すことの出来ないファクターであった。

療養からの復帰後、星野源はシングル「ギャグ」をリリースする。この作品は2曲のみを収録という、星野源のCDシングルの中では最も曲数の少ない構成となっている。

1曲目の”ギャグ”は、当時元東京事変であったベーシストの亀田誠治との共作となっている。なお、星野源が誰かとともに曲作りを行なったのは、POP VIRUSリリース以前ではこの曲だけである。編曲の亀田参加によってかはわからないが、”ギャグ”はそのタイトルの通り、軽いギャグを打つかのように、また東京事変の”透明人間”のように、跳ねるようなテンポ曲となっている。この曲に公式な振り付けはないが、星野源ディスコグラフィーの中でもダンスを見てみたい曲の1曲である。

また、本項で注目したい曲はシングル「ギャグ」のB面である”ダスト”である。

この曲は亀田との共作ではなく、星野源単体での作詞作曲となっている。 先述の項で「湯気はこういうサウンドがやりたいと言って作り、後からディアンジェロを認知した」と説明した。この楽曲は、その認知後に制作された曲であり、是非、1度聞いて頂きたい。A面の”ギャグ”とは打って変わり、スローなギターに対して重たいベースとドラム、それを引き立たせるかのような軽いクラップが交互に刻まれる。

星野源は、”湯気”や”ダスト”といった各シングルのB面で、こうした地道な研究創作を行ってきたのである。このB面でのネオソウルフルな活動は、シングル”恋”に収録の”Drinking Dance”、”Family Song”収録の”肌”、”Same Thing”に収録の”Ain't Nobody Know”などで堪能できる。

2014年にリリースされた”Crazy Crazy/桜の森”。”桜の森”は先述の「Princeの降臨」を経た後(療養明け)最初の曲であり、スローテンポだが確実なJ-Popを、”Crazy Crazy”ではホンキートンク調なポップを行っている一方で、B面では”Night Troop”、”海を掬う(House Ver.)”という彼の中での実験的音楽を着実に行っている。

また、2014年頃より、いわゆる”星野源バンド”と言われるメンバーの構成が終了してくる。

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左からSTUTS、石橋、ハマ、星野、長岡、櫻田、河村

ギターはペトロールズ(当時元東京事変)の長岡亮介、ベースはOKAMOTO'Sのハマ・オカモトや伊賀航、三浦淳悟、Piano&Synthe.は石橋英子と櫻田泰啓と小林創、ドラムは河村カースケ智康と伊藤大地、バイオリンは岡村美央と伊能修、ビオラは菊池幹代、Sax&Fluteは武嶋聡などである。この他、村中俊之、玉田豊夢野村卓史などのメンバーがサポートに入る。STUTSは2018年発売の”ドラえもん”より参加している。

2014年以降、自身が影響を受けてきた音楽を前面に出しつつ、”星野源”というフィルターを通した楽曲制作に舵を切り出す。その試みは"イエローミュージック(Yellow Music)"という新たなジャンルの提唱へとつながる。

2015年、星野が世間一般から認知されるきっかけとなった8thシングル”SUN”をリリース。フジテレビ系列のドラマ”心がポキっとね”の主題歌であった”SUN”を引っさげ、その年の紅白歌合戦初出場を決めた。彼の名を最初に大衆に押し出すこととなったシングル”SUN”は「マイケルに捧げる曲」とも言われている。この曲で歌われている「Hey J.」とはマイケルのことであるし、楽曲ではノイズで隠されているイントロ部分も、ライブ等では”Rock With You”のイントロと同じドラムが刻まれる。”Sun”は、まさに80年代のディスコ・ファンクを、日本人の馴染みに合うように再構築された楽曲であると言える。

イエローミュージックについて

ここで、星野源が提唱する”イエローミュージック”についての説明を挟むことにしよう。”イエローミュージック”という言葉の明確な定義についてはどこにもない。だが、敢えて本人の言葉を引用するならば

ブラックミュージックを自分(星野源)の音楽と融合し、イエローな音楽に変換("YELLOW DANCER"ライナーノーツより)

された音楽である(但し、後に「ブラックに限らない」という発言有り)。”イエロー”とは、他でもない我々日本人のことである。"Japanese"や"Asian"という言葉を用いず"Yellow"という言葉を選択した経緯は完全にはわからないまでも、彼が敬愛しているYellow Magic Orchestraからインスパイアードされたとか、”Black”と”White”に並列する新たなカラー軸としてとか、敢えて蔑称として使われてきた”Yellow”を反骨的に称したなどという予想は容易に立てられる。

イエローミュージックは、本稿でも幾度となく登場してきたD'AngeloやMicheal Jackson、療養明けの原動力となったPrince、オールナイトニッポンでも選曲した過去のあるEarth, Wind&Fire、The Isley Brothers、この時期の各媒体で名前を見るGeorge Dukeなどの音楽的影響をそのままコピーして自身の作品にDuplicationするのではない。東アジアの日本で生まれ日本で育った星野源が、自身の邦楽の体験や想いを通して"Yellow流"に仕上げたものこそが”イエローミュージック”なのであると考えている。

これまでに述べた”桜の森”や”SUN”は勿論、この時代の星野源の楽曲は(恐らく7割以上)イエローミュージックとして位置づけられ、その集大成たる作品が4thアルバム”YELLOW DANCER”となる

”YELLOW DANCER”は2015年12月にリリースされ、第8回CDショップ大賞を受賞する作品となる。筆者はを”サウンドのデパート”と呼ぶほど、このアルバムを敬愛している。

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1曲目の”時よ”。イントロの更に前「動き出せ」と歌う前の息継ぎからこのアルバムはスタートし、2曲目の”Week End”と続く。この2曲は自身が影響を受けた前期YMOチックなメロディーにEarth, Wind&FireやThe Temptationsを想起させるファンキー・ディスコ・ダンサブルな曲調となっている。こういった楽曲は一般に、日本源流の音楽とは相容れないために無意識の嫌悪を抱く日本人もいると思うが、この楽曲はイエローミュージックとしてのフィルタリングを経ているため、多くの日本人の受け入れるところとなっていると思う。

また、この作品は冒頭のもう1つの時代区分では”サウンドの過程”に該当し、この区分として初のアルバム作品となっているが、星野源は”YELLOW DANCER”の作風について、次作である”POP VIRUS”のライナーノーツで次のように語っている。

”YELLOW DANCER”では、特に『風景を音に』という気持ちが高まっていました。自分の意見も、メッセージもなるべくいらない音楽(”POP VIRUS”LINER NOTESより)

この一文を拡大解釈して読めば「”YELLOW DANCER”はサウンドをこだわりにこだわり抜いた至極の作品」となるのではないか(無論、拡大解釈であることに変わりはない)。星野源の楽曲の特徴でもあるが、本アルバムの使用楽器は多岐にわたる。ぜひ、目を閉じて、瞼の裏に映るその風景に入り込みながら、その1音1音を掬い取るようにアルバムを聞いてみてほしい

例えば、”時よ”では、アナログシンセサイザーの他にguitar、bass、drums、violin、cello、violaが使用されている。”Week End”ではこれにピアノと金管楽器が加わる。この楽器たちが互いにでしゃばりをすることなく構成され、また各楽器が一瞬だけ表に現れる瞬間がどこかにある。

こうしたダンサブルな曲調に対し、”ミスユー”や”Snow Men”といったネオソウルチックな楽曲も収録されている。”ミスユー”は4曲目に収録され、それまでのアップテンポな曲調と対比させるかのような静かな曲だが、そこには確かにセクシャル、パッションを感じ取ることが出来る。現代J-Popによく見るの高音ボーカル一辺倒ではなく、目立ちすぎない音量の中音域のギター、ドラムやベースが一体となって生み出すスローテンポなリズムは、”グルーヴ感”という言葉を容易に想起させることができる。これまで”湯気”に始まり”もしも”や”ダスト”といった、B面での「BlackとYellowの融合」という実験成果が如実に現れている。

2019年11月にTBSラジオで放送された”ジェーン・スー生活は踊る”の中の音楽コーナー(高橋芳朗)において、2019年10月リリースの楽曲”Ain't Nobody Know”をBarry WhiteThe Isley Brothersなどの”Baby Makin' Music”を引き合いに出して紹介されていた。”YELLOW DANCER”はこれより約4年前の作品だが、これらの偉大なアーティストと並べられて紹介されるアーティストとしては、この時点で既にクオリファイドされていたと思う。

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一方で、インスト曲である"Nerd Strut"では、細野晴臣をゲストプレイヤーとして迎え、ファンキーさと細野イズムを継承した楽曲となっている。

この作品には今紹介したような音楽性の楽曲が全14曲収録されており、”SUN”をきっかけにJ-Popのメインストリームプレイヤーとして知られるようになったアーティストが制作するにしては攻めたような作品を、しっかりとそのメインストリームに乗せ、CDショップ大賞を受賞するまでに至った。この意義は大きいことを訴えたい。星野源自身、この成功が以降の音楽制作への自身へつながったと証言している(出典は以下の記事)。

realsound.jp

以降、星野源の楽曲制作は大きく進化することとなる。

後期ブレイク時代(第3時代、2016年初頭〜2019年春)

後期ブレイク時代に該当する作品は以下の通りである。

  • 恋(single, 2016)
  • Non Stop("In Gratitude"収録, 2016)
  • Family Song(single, 2017)
  • ドラえもん(single, 2018)
  • イデア(single, 2018)
  • POP VIRUS(album, 2018)
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左から、恋、Family Song、ドラえもん
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左から、アイデア、POP VIRUS
※画像をクリックすると、星野源HPの該当ディスコグラフィーへリンクします。

”J-Popの1アーティスト”から”星野源というジャンル”へ変貌した、ソロ後期時代

この時代を大まかに申せば、「”SUN”や”恋”のヒットによって、J-Popの1アーティストという認識を世間からされていた星野源が、”POP VIRUS”のリリースをもってその枠組みから外れた時代」と言えると思う。

”YELLOW DANCER”の次にリリースされた作品が、一大ブームとなったシングル”恋”である。”恋”は、”SUN”、それを踏襲する”YELLOW DANCER”のヒットの次の作品としてリリースされることになっていたため、その分星野源の中でのプレッシャーというものは大きかった。この作品は、TBS系ドラマ”逃げるは恥だが役に立つ”の主題歌としてリリースされた楽曲であるため、ドラマ側の「踊りやすいポップな曲」という要望があった。勿論、星野源のことだから「ダンサブルでポップな曲」と言われれば恐らくすぐに書けるであろうが、彼はそのような”YELLOW DANCER”のコピー的な作品は制作しなかった。星野源は、120程度のテンポの曲を最初は書いていたが「何かワクワクしない」という感想をいだき、トイレの中でふと「上げてみたらどうだ?」と思いつく。こうして、全世代がノリやすく、ポップさも失わない”恋”が完成していったのである。

こうした中、星野源の頭の中でモータウンコア」という言葉が自然発生的に誕生した。ここで、星野源が”恋”のインタビュー記事で頻繁に発言していた”モータウンコア”という言葉に迫ってみよう。

モータウン(Motown)”とは、アメリカ・デトロイトに本部を置くレーベルであり、African-Americanが中心に所属している。70年代から80年代はMotownの黄金期であり、”Motown”はこの年代のソウル/R&Bの代名詞として呼ばれている。例を挙げれば、Micheal JacksonやMarvin GayeThe Isley BrothersやSupremesなど、多岐にわたる。

Motownの雰囲気を掴んだところで”モータウンコア”という言葉の意味を考える。 星野源は”YELLOW DANCER”を経て彼の音楽性を確信的な自信をへ変え、この”Motown Sound”を継承した音楽を”恋”にぶつけてきた。また、この楽曲の冒頭は二胡で始まる。

中国の古典楽器である”二胡”を楽曲のキャッチーなつかみとして用いるこの挑戦的な試みは、日本のポップ音楽、ましてやドラマの主題歌に起用されるような楽曲としては記憶にない。ソロ後期時代では、こういった世間ではマイナーな楽器が少しずつ登場してくる。ここが、ソロ後期時代の面白さであり、(サウンドとして)前期時代と比較してみたい部分である。

また、別のインタビューにおいてモータウンのレコードを回転数間違えちゃったイメージ」と発言している。

ここで、レコードについてちょこっと解説。レコードには回転数がある。通常のLP(アルバムのサイズ)は33回転でレコードを回転させるのだが、7インチ(シングル)などでは45回転で回すことがある。この回転数の設定を誤ると、レコードが通常の音声で再生されなくなる。この現象は多くの場合、いつも聞いている音楽との乖離から失笑が漏れることが多いが、回転数が大きいと「あれ意外と良いんじゃね?」となることもまた事実である。

星野源は、この現象を肯定的に捉え、”恋”を制作した。執筆者ぶんのいちは実際に、アルバム”POP VIRUS”に収録されている”恋”を通常より回転数の多い45回転で聞いてみた。やはり、楽しい。デジタル音声を倍速しても再現は出来るが、アナログ音声は倍速しても離散的な圧縮を行っていないため、スムースな倍速となる。45回転の”恋”は、レコードホルダーだけの特権ということにしよう。

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POP VIRUS(LP)、少しホコリが付いてやがる

また、”恋”のB面に収録されている”Continue”の曲調はGeorge Dukeを意識しているとのことである。この曲の歌詞では「はらいそ」という聞き慣れない言葉がある。”はらいそ”は、YMO結成直前期の細野晴臣が1978年にリリースしたアルバム(同タイトル曲)であり、細野晴臣に大きな影響を受けた星野源は”はらいそ”をフェイバリットに挙げている。こうしたことを論拠として、星野源は”YELLOW DANCER”以降の指針として「音楽は続いていく」というコンセプトを打ち出し、翌2017年にはこのコンセプトを柱としたアリーナツアー”Continues”を敢行する。セットリストには自身が影響を受けたYMOの”Mad Pierrot.”やNUMBER GIRLの”透明少女”等のカバーが含まれている。

www.hoshinogen.com

Family Song、ドラえもん

この挑戦的な姿勢は”恋”以降も続く。次作である”Family Song”は日本テレビ系ドラマ”過保護のカホコ”の主題歌となった曲である。”SUN”、”YELLOW DANCER”、”恋”と、アップテンポで来た表題曲に対して、この曲はスローテンポな曲であり、”ブルーアイドソウル(白人が行うBlackMusic/R&B)”を意識したと語っている。カップリングである”肌”は、B面とは思えない完成度のネオソウルであり、”プリン”も先述のPrinceに向けて作られた曲となっている。

また、その次の作品である”ドラえもん”では”ニューオリンズ(音楽ジャンル)”の要素を取り入れたと語っている。Apple Musicでは、ニューオリンズ系のプレイリストが複数存在するので、これらのプレイリストとともに”ドラえもん”を聞いてみてほしい。

ドラえもんの”B面”に収録されている”ここにいないあなたへ”は、ブレイク時代にはあまり見られなかったソロ初期時代のような曲調となっており、ライナーノーツにおいて「ドラえもんがタイムマシンで昔に連れてってくれた」と残している。また、Ondes Martenotという楽器が使用されているところも注目して聴きたいポイントである。

”The Shower”は「しずかちゃん」のような少女の内面を表現しようとした曲である。これまでも”Mad Men”などのTR-808系の打ち込みを使用した楽曲はあったが、この曲では、”Pop Virus”を始めとする作品においてキーパーソンを務める、MPCプレイヤーのSTUTSが初参加している。

イデア

2018年4月、NHK”半分、青い”の主題歌として”アイデア”の1番のみが公開される。楽曲そのものとしても素晴らしいが、この曲は発表の手法がとても斬新だったと思う。”アイデア”は朝ドラ放送開始の4月に1番のみが放送され、8月末に全編が公開された曲であった。リアルタイムで追いかけていたリスナーは、今までパブリックであった1番と初公開の2番の差異に恐らく驚愕したことだろう。

「どこの国に持っていっても恥ずかしくない、名詞のような曲になった」と評された曲の1番は「おはよう 世の中」で始まり、カースケさんの慣れ親しんだドラムがビートを刻み、いわゆるJ-POPスターとしての印象を受ける。しかし2番は「おはよう 真夜中」で始まり、1番と代わってMPCプレイヤーのSTUTSによるビートが刻まれる。

生きてただ生きていて 踏まれ潰れた花のように にこやかに 中指を(アイデア2番より)

筆者自身、この歌詞に何度も救われてきたが、思い起こしてみると、こういったダークな部分をさらけ出した歌詞はブレイク時代には無い気がする。なぜここで、ダークサイドをさらけ出したのであろうか。

当時、星野源は”SUN”のリリース以来、単なるJ-Pop歌手の1人としてしか捉えられていなかった(筆者も単なるJ-Popアーティストとしてしか聞いていなかった)。こうした「自分の訴えたい音楽」と「世間の受け取り」の間での大きなギャップがあった。また、ANNでは度々言及されているが、星野源はリリース前年の2017年当時、とても病んでいたらしい。先日の放送(たしか12月7日分)でも「病みすぎて船舶免許を取ろうとした。船なら1人になれるから」と発言しているほどである。こうした状況から、ある程度”陰の部分”を曝け出そうとしたのではと思う。(ここを書いてる途中に良さげな記事を見つけたので添付しておく。)

これ以降、テレビで切り取られるような陽の部分ではなく、星野源は自身の陰の部分についても楽曲に取り入れるようになっていく

rockinon.com

MVを見てもらうと分かると思うが、出演者が全員喪服を羽織っており、2番終わりのダンス部では、それまで紅白だった幕が鯨幕へと変貌している。筆者はこれまで、喪服だったり鯨幕の前であそこまで楽しそうに歌ったり踊ったりする人々を見たことがない(唯一、棺桶ダンスくらい)。

この曲には「生活」「湯気」といったフレーズが登場するが、これらはSAKEROCK時代から紡いできた星野楽曲のタイトルである。実はこの曲は「今までのアイデアの供養、そして新たな再生(星野源ANN2018年9月4日放送分より)」としての側面も詰め込まれており、その対象がまさにそれであるという(たしか)。

筆者自身、この話を聞いた時は「これから星野源はどうなるんだ」というワクワク感より、「もうあのエピソードとかのあの感じは聞けなくなるのか」という喪失感のほうが大きかった記憶がある。しかしこの年末、そういった私の惜しみを跳ね除けるような作品を星野源は提示してきた。


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POP VIRUS

2018年12月、それまでの集大成とも言える5thアルバム”POP VIRUS”をリリース。

CDショップ大賞を受賞したショップ大賞を受賞した星野源

CDショップ大賞を受賞した星野源

www.cdshop-kumiai.jp

”Pop Virus”については、東京ドームでのライブ映像も公開されている。是非、星野源から”Pop Virus”が拡がる様を、MVとライブ映像で見比べてみてほしい。

メロディから細部のサウンドに至るまで、繊細に作り込まれた楽曲は、一切の違和感や顕示欲の強さを表すこと無く一般のリスナーに受け入れられ、音楽雑誌”MUSICA”編集長の有泉智子は

『音楽的に攻めたものは大衆にウケない』っていう言説を本当にただの言い訳にしてしまった

と評している。

www.cinra.net

”POP VIRUS”はその名の通り、”Popのウイルス”である。この”POP VIRUS”という名称は、ライターの川勝正幸氏の著書”ポップ中毒者の手記”の中で初めて使われた単語である。「ウイルス」という単語は、明らかに「ポップ」とは(コロナ禍では尚更)正反対であるが、このアルバムには正にこの単語以外考えられない。そう言い切る理由は何か。

2018年11月、星野源ANNにて”Pop Virus”が初解禁された。当時、リアルタイムで聞けなかった自分はradikoのタイムフリー機能で翌日に聞いた。当時受けた自分の衝撃は凄まじく、授業中だったがしばらくぼおっとしてしまったほどであった。

”Pop Virus”は明らかにJ-Popとは一線引かれている曲調であったが、星野源以外ロクに聞いてこなかった(テレビで流れるのをちょっと聞くくらい)自分を何故かガッチリ捉えていた。それは恐らく、それまで星野源が積み上げてきた楽曲(”恋”や”SUN”のA面曲も、似たような曲調である”ダスト”などB面曲も)がもつ共通の”ウイルス”に既に感染していて、”Pop Virus”をもってそれが発症したのであろうと考えている。

アルバム”POP VIRUS”は各方面で高い評価を得ているが、それらはJ-Popのメインストリームと呼ばれる部分にも一切の違和感を示すこと無く提示できる。星野源は、”恋”や”Family Song”、”ドラえもん”といった、気付くか気づかないか分からない程度のこだわりを予め世間に提示し、お茶の間に無意識に咀嚼させることで、日本人全体の音楽的聴覚の底上げを図ったのではないだろうか。もしこの見立てが間違っていなければ、星野源は紛れもなく、平成後期から令和を代表する日本の音楽家と断言できるだろう。

この記事を読んで頂いている方も、ぜひ、それまでの星野源作品を病的に飽きるほど聞いて、そこから改めて、”Pop Virus”を聞いてみてほしい。私自身が体験したこの衝撃というか発病は、恐らく一生モノだと思う。

再進化時代(第4時代、2019年春〜現在)

再進化時代に該当する作品は以下の通りである。

  • Same Thing(EP, 2019)
  • うちで踊ろう(instagram size, Potluck Mix, 大晦日バージョン, 2020)
  • 折り合い(single, 2020)
  • Good in Bed(Gen Hoshino Remix)(Dua Lipaのアルバム"Club Future Nostalgia"に収録, 2020)
  • 想像(single, 2021)
  • 不思議(single, 2021)
  • 不思議/想像(single, 2021)
  • Nomad(Zion.Tとの共同制作, "Shang-Chi and The Legend of The Ten Rings: The Album"に収録, 2021)
  • Cube(single, 2021)
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左から、Same Thing、折り合い、想像
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左から、不思議、不思議/想像、Cube


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新たな時代を刻みだした再進化時代

先述のドームツアー終了後(時期にして2019年4月上旬)、長らく走り続けてきた音楽生活の集大成とも言うべき”POP VIRUS”の音楽的かつ商業的成功、同時に5大ドームツアーを完全に成功させたことで、燃え尽き症候群に陥っていた。この数年間「積極的にサボる」を標榜していた星野は、音楽活動を一旦離れ2020年公開の映画”罪の声”(小栗旬とのW主演、TBSスパークル)の撮影に専念する。

Same Thing

6月以降に数回に渡り渡米し様々な刺激を受ける他、8月、ストリーミング配信及びインスタグラム開始。そしてドームツアー後に漠然と抱いていた「色んな人と曲を作ってみたい」という想いを着実にし、2019年10月、配信EP”Sama Thing”をリリース。

配信EP”Same Thing”は、共同制作にSuperorganism、PUNPEE、Tom Mischを迎えて制作された作品である。このEPは、何かドラマの主題歌やタイアップが決まって制作されたものではなく、ただ純粋に、放課後に遊ぶような感覚で作った作品である。元々ミックステープとしての発表を考えていた本作品は、配信EPとして販売・ストリーミング配信されることとなった。

また、”Same Thing”は星野源が新たな方向に進み始めた一発目の作品であるといえる。大河ドラマ「いだてん」において経験した英語での発声や、「ただFuck youって言いたかった」というあまりにも明快な衝動は、ポップスターたる星野源からは感じ取れなかった新たな部分である。そこには、POP VIRUSの成功による自信と、自由度を拡げた印象を受け取れる

歌詞の変遷について考えると、”Same Thing”では、歌詞がよりwrappedされなくなってきている。「Fuck you」はもちろん、「殺す」「殴る」、さらしものでは自身の苦悩と取れるものを、”ain’t nobody know”では歌詞全体が高く官能性、そして男女に縛らない多様な愛を歌っている(実際、MVに出演していたカップル2組はゲイとレズビアンの本物のカップルである)。

ここで1つの考察ができる。それは、星野源は2019年以前のキャリアとは全く別の新たなキャリアを歩み始めたのではないか?という考察である。全く別とは言いすぎな感もあるが、実態としてはないが、もう1人の存在が生まれたことは確かな気がする。 後述するコロナが及ぼした楽曲への影響においても触れるが、星野源は先の歌詞の自由度の拡張、作曲法の変更などを経る。

うちで踊ろう

2020年4月、国内のCOVID-19の感染者増加を鑑み、政府自治体は不要不急の外出自粛を呼びかけた。市民生活はおろか芸能界も例外ではなく、主演を努めていたドラマ(TBS系列”MIU404”)の撮影もストップした。そんな最中、4月3日に星野のInstagramにて”うちで踊ろう”とタイトルドされた弾き語りが公開される。

 
 
 
 
 
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投稿の末尾には「誰か、この動画に楽器の伴奏やコーラスやダンスを重ねてくれないかな?」という一文が添えられ、後日バナナマン大泉洋がこの楽曲に”重ね合わせ”を行った動画が星野により投稿された。この後、アーティストや楽器経験のあるSNSユーザーを始め、食器や文房具でセッションするユーザー、自作の振り付けで踊るユーザー、ウラに転じて黒服の星野を加工するユーザー、自宅リビングでザッピングをする総理大臣などが動画を投稿し、再び”社会現象”と言えるほどの盛り上がりを見せた。

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YouTube上に投稿された"#うちで踊ろう"

2021年9月現在、"#うちで踊ろう"、”#DancingOnTheInside"とタグ付けされた投稿は、Instagram上で約8万件、YouTube上で約1万件の投稿が確認され、他のプラットフォーム(TwitterTikTok)でも同様の投稿数が予測できる。これを純粋な”投稿数”としてではなく、”作品数”として計上すると特筆項目に昇華するだろう。この時期は、得体の知れないウイルスという朦朧とした恐怖が、志村けんの急死や各経済活動の自粛要請により実態として受け止められ、閉鎖的な空気が日本全体を覆うようになりつつあるフェーズであった。星野のこの投稿はインフルエンサーたりうる芸能人が起こしたアクションとしては最も大きく、非ファン層にも概ね肯定的に受け止められ、先述のような日本の市井を僅かにでも照らすことができたのではないかと考える。星野源は再び、人々を”文字通り”踊らせたのである

「たまに重なり合うよな 僕ら」で始まるこの歌詞は、非ファン層には単なる”接触”として、ファン層には”ばかのうた”にも似たメッセージを受け取ることが出来る。星野源は、1つの歌詞に様々なメッセージを詰め込むことが好きだと公言している。”夢の外へ”や”桜の森”に並び、この楽曲も、そんな遊び心溢れた楽曲の1つだ。

ここで、「うちで踊ろう(Dancing on the Inside)」というタイトルについて述べる。2020年4月当時、世界中の多くの一般市民は自宅から出れない生活を余儀なくされた。しかしながら、そういった中でも、医療従事者を中心として外へ出なければならない人々が居た。世界に目を向ければ「自宅(home)」が無い人々がいることも事実であり、星野源はこういった人々をも巻き込んで楽しめるよう「うち(内)で踊ろう(Dancing on the Inside)」としたと語っている。実際に、2020年春から初夏にかけての星野源ANNには、こういった(医療従事者などによる)便りが実際に届いていた。星野源は、こういった人々を見逃さない。

この後、いつものバンドメンバーが打ち合わせ無しで演奏したものを重ね合わせたPotluck Version、紅白歌合戦用にフルパッケージの曲として完成させた大晦日バージョンの3バージョンが存在する。

作曲方法の変化

コロナ禍における自粛期間は、星野の音楽性に大きな変化をもたらした。

星野源は、それまでギターのみで作曲を行っていた。たしかBruno MarsだったかMark Ronsonだったかが、”WeekEnd”がギター作曲であったことを聞いて驚いていた話を聞いた。

このコロナによる自粛期間において、星野源はキーボードの練習を始めた。この練習をサポートしたのは、我が群馬県在住のビートメイカー兼プロデューサーであるmabanuaである。

mabanua氏

群馬県東毛在住のmabanua

このmabanuaのサポートにより積み重ねられた成果物が、バナナムーンの日村勇紀誕生日回に発表された”折り合い”である。

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この曲は、日村さんが神田さんに隠れてメシを食ってることがバレた歌だが、今までの星野源楽曲にはなかった、新しい感触の曲となっている。”Sexual Healing”にも似たような気がするが、Unwindな清涼感ある曲である。残念ながら今の自分の技量ではうまく言い表せない。

これ以来、星野源はキーボード(シンセサイザー)による作曲にメソッドをシフトさせ、以降の”想像”、”不思議”と作曲を進めてきた。

”不思議”も”折り合い”同様、これまでの星野源楽曲とは少し離れた、”キュン”に訴えてくる感触の楽曲である。


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”不思議”制作期の2021年4月、星野源ANNにおいて度々「アナログシンセサイザーが楽しい」「新しいシンセが欲しくなる」と言った発言をしており、キーボード作曲への意欲を表している。そして、”不思議”ではMinimoog, Prophet-5, DX-7, Juno-6, Rhodesといったアナログ・シンセサイザー(エレキピアノ)が使用されている。

MoogやProphet-5に代表されるアナログ・シンセサイザーは、鍵盤の上に付いている様々なノブを調整することで電圧を制御し、様々な音を奏でることが出来る楽器である。

moog

Moog System 55

Moogの写真をご覧いただきたい。プロが納得いく音を作ろうと思ったら、相当の経験と粘り強さが必要だろうことは、この楽器の複雑さをひと目見れば分かるだろう。星野源はこのコロナによる自粛期間を経て、こういった複雑な楽器の音作りを直接行うことが可能となったのである。

また、作曲法の変化と同時に、Dua Lipaのリミックスアルバム”Club Future Nostalgia”収録の”Good in Bed”のRemix(2020夏)と、MARVELシリーズ”シャン・チー/テン・リングスの伝説”での劇中歌”Nomad”を、韓国のHipHop/R&BシンガーであるZion. Tと共同制作(2021夏)しており、このうち”Nomad”に関してはMVを監督している。


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以上が、ソロデビューから現在に至るまでの、星野源のざっくりとした音楽変遷の記録である。

執筆者ぶんのいちは、今後発表される星野源楽曲に大きな期待と関心を寄せている。

終わりに

ここまでご覧頂きありがとうございました(...ここまで読んだ人はいるのか...?)。クソ長文章、また所々まとまっておらず、何が言いたいか分からない文章だったところもあったと思います。申し訳ございません。

今回は「星野源の音楽ざっくり入門」ということで、ソロデビューから現在までの音楽の変遷を辿ってまいりました。今回掲載できなかったテーマの中に「源Lover(じゃなくても)に薦めたい、オススメアルバム集」や「星野源&SAKEROCKの表題曲以外のオススメ曲集」と言ったものがありました。こちらは、いつかひっそり掲載しますので、ご興味ご関心をお持ちの方は、絶えず私のブログを確認していてくださいね♡