bunnoichi’s diary

高専から大学編入した野郎の激ユル仙台日記(大フィクション)です

【クソ長文章】星野源の音楽ざっくり入門

星野源の音楽ざっくり入門の入り口

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様々な星野源

こんにちは、執筆者のぶんのいちです!突然の告白になりますが、私ぶんのいちは星野源さんが大好きです...というか敬愛してます...というか、病的にリピート再生してます...

「え?どのくらい好きかって?」という幻聴を頂いたので答えると、イントロ2秒で全楽曲当てられる&カラオケで全楽曲歌える(上手いとは言ってない)くらいに好きです。イントロクイズに関しては、シングル版かアルバム版かが分かるくらいに好きです。

そんな星野源中毒者のぶんのいちですが、実はこの間の工華祭(学校の文化祭)でミニFM企画に携わりまして、2時間分枠を頂いて源さんの楽曲についてただただ語り尽くす番組をやっておりました。放送事故にならないよう、予め原稿を用意して望んだのですが、原稿の時点であまりにエキサイトしていたらしく、2時間やって用意した原稿50%も読めないという自体に陥ってしまいました。このまま自己満足で昇華させても良かったのですが、折角なのでこのAdventCalendarにボンと載っけることにしました。

タイトルにもある通り、この記事では星野源のソロ楽曲について、"5つの時代区分"を導入しながら、その音楽性の変遷を辿っていく星野源の音楽ざっくり入門”をお届けします。本当であれば”オススメアルバム集”も書きたかったのですが、予想以上にこのテーマが長くなったため、それはまた別記事でご紹介します。

ここで1つの注意事項として、本記事は”俳優・星野源”あるいは”文筆家・星野源”についてはフィーチャーせず、あくまで”音楽家星野源”としてざっくりまとめする記事となっております。よって、この記事は

  • 星野源の音楽を時系列で追ってみたい方
  • 星野源の音楽をもう少し深く聴いてみたい方
  • 星野源が影響を受けた音楽が気になる方

といった方々へ向けた記事になるのではと思っています。また、クソ長文章なので、適宜読み飛ばしながら御覧ください。なお、関連するアーティストを紹介した際は、できるだけAppleMusicのリンクを貼っ付けるつもりですので、気になったら30秒だけでも聞いてみて下さい。

そんなこんなで、筆者がここ7年の間に醸成してきた星野源作品への想い、そして、聞いてきた音楽への想いを、20歳を迎えるここで今、吐き連ねる。

※文化祭ラジオ用に書いた自分向けの文章をコピペしてるため、常体敬体が混ざってたり、堅い表現があります。

この記事は 群馬高専 Advent Calendar 2021 24日目の記事です。

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87本目の日記 〜9月号〜

涼しい

仙台もだんだんと涼しくなってきた。

涼しげな 壁にしみ入る 鈴虫の声

空気階段と私

最近、Podcastで踊り場を遡って聞いている。色々深夜ラジオ聞いてきたけど、個人的には空気階段が一番、俺に語りかけてくれてる感がある。

なんだろうね。この感覚。クズ芸人とエロ虫がただ喋ってるだけなのに。

伊集院光 深夜の馬鹿力

9月8日放送の馬鹿力が、久々に旅トーク全開の回だった。最近野球トークばっかだったから懐かしく感じた。

ワシが馬鹿力聞き始めたのが2015年の11月末で、そっから毎年夏は伊集院さんずっとスタンプラリーやってた。ポケモンスタンプラリー、アイカツ仮面ライダー、江戸三十三箇所、坂東三十三観音巡り、、、。最終的には「フリースタンプラリー」とか言って、来場記念スタンプみたいな、ラリーじゃない一般のスタンプを探してずっと押すとかいう境地にまで達してた。そっから五島列島の教会巡り、テクテクテクテク、ドラクエウォークなども始まり、今はぽけふた。

本人はそのコンテンツに興味ねえのにずっと囚われたようにスタンプラリーをやっていて、でもって旅の愚痴をずっと吐くのがめちゃくちゃ面白い。今週久々に全開のそれを聞いた。

知り合いのお子さんが生徒会長選に出ている

9日の委員会のシメで、Kさんとサシでラーメンを食べたときにご家族の話になった。

双子の弟くんの方が、この度生徒会長選に打って出たらしい。すげえ。初めて会った時、彼らは小5だったけど、今や中2。

生徒会長選のやり方を聞いたら、けっこう本格的だった。まず、推薦人を10人集めて、応援団長を決めて、選挙ポスター作って、公約示して、演説。推薦人10人とポスター作るのが驚いた。

Kパパが弟くんに推薦人どうしたと聞いたら「友達に頼んだ。XXとかYYとか」「おいおい、それじゃあマイナスだろバカ。」って会話があったらしい。これでは石破内閣になってしまう。

「まず女性がいないから女の子だれか引っ張ってこい」というアドバイスをしたらしい。中学生だと女子を引き入れるってなかなかむずいけど、やっぱりめちゃくちゃ大事。

それから、公約面でもアドバイスをしてた。掲げてた公約がたしか「休み時間の体育館開放」だったかな。これについて「それ手段から入ってね?出馬の目的なんだったの?」ってアドバイスをしたらしい。

中学生にはムズいよね、と思いつつ、目的から下ろせたらマジで大学生か社会人と同じレベルだと思う。し、そのほうが、中学生とて、有権者目線では納得感あると思う。さすがは元委員長。

そういう小手先の話もすげえなと思ったけど、何よりすごいのは出馬するという気概だと思う。今でこそ挑戦する大事さとか分かるけど、中学生の自分に、気概や意義などが分かるかと言われたら、、、うーん。

しかも、いいな応援したいなと思わせるのが、出馬の目的が高校進学のための点数稼ぎじゃなかった点。対抗馬は既に生徒会に入ってて、ぶっちゃけると点数稼ぎ目的らしい。

けど、弟くんはそうじゃなく、いい学校にしたいなーみたいなピュア精神で出馬したらしく、なかなか応援したいと思わせるポジションには立てている。しかも、弟くん陣営の選対委員長がお兄ちゃんっていうね。中学の中では色々言われるかも知れないけど、こっち目線(というかご家族にお世話になってる分)ではそのストーリーも相まって「良いね!!」ってなってる。

当選してほしいなあ。応援弁士とか政策ブレーンはいつでもやります。

彼女への答弁

ワイの彼女の不満。彼女は「どこが好き?」とワシに訊いた時、「どこが好きか聞かれると、、、うーん」ってワシが返すとこを不満に感じている。それについてブイブイ文句ご要望を頂戴したので、今の正直な気持ちを返してみた。

「どこが好き?を考えること自体が終わりの始まり」という姿勢に関しては、以前このブログに書いた通り。そのスタンスは変わっていない。

その上で、最近は「好き」という感情表現が今の自分にとって適切なのか疑い始めてきた。どちらかと言うと、「好き」というより「情が湧いている」という感情表現のほうが近い気がする。

以前、彼女がバイト先をこれこれこーゆー理由で辞めたい、けど色々あって足踏みしてる、っていう話をしてきた。ワシはこれに対して割と本気で怒った。ヘタな言い訳ばかりして自分の幸福から逃れている。なぜそんなことをするんだ、と。(まあこれはブーメランにもなるんだけど)

最初っから怒ったわけではない。むしろ最初の方は「そりゃつらいねー」みたいな同情というか共感を言ってた。けど、だんだんそういう話を定期的に聞かされるうちに、自分ごとのように苛立ってきて、不平不満ばかりでその現状を変えようとしない彼女に腹が立ってきた。

そんな出来事から1ヶ月経ち、冒頭の質問をされた。

その時に話したのが、ずっと言ってる「違和感がない」ってのは変わらず、どこが好きかは正直未だわからない。わからないが、もしワシが彼女に対して浅い関係(とりあえず付き合ってるとか、顔・体・ステータス目当て)だったら、あの時怒らず、むしろ「うんそーだよねー、つらいよねー」みたいな、その場しのぎ的な、応急処置的な反応しかしなかったと思う。むしろ、そういう表面的な関係ではないから、割とマジで怒ったし、耳の痛いことも言った。けどそれは、加虐性ではない。

こんな話を電話越しにした。彼女はしばし黙り込んだ。

まあそんなワシも、自身のダメなとこについてこんこんと説教されるんだけどね。

特別講義に出ている

久々にガッツリ講義を取っている。集中講義で朝9時から18時まで。しかも某大手測定機器メーカーの寄附講座だからめっちゃしっかりしてる。

内容は高周波工学。RF、ギガヘルツ帯の話。

久々にガッツリ電気系の話をやっている。dB、dBm、Sパラメータ、分布定数回路、、、。忌まわしきスミスチャートも登場した。

そんでもって機材もめちゃくちゃ扱ってる。同軸、スペアナ、マルチメータ、高周波発振器、シミュレータなどなど。初めてネットワークアナライザというものを扱った。しかも、講座を開いてくれている某大手測定機器メーカー完全バックアップだから、大学の機材なんかよりも全然最新で、かつカッコイイ。アガる〜。

最新機材のおかげで、あの忌まわしきスミスチャートを用意に理解できたし、スミスチャートを活用して回路設計もできた。嬉しい。

俳句を詠みたい

前回日記でも示したように「日本に生きる」を人生の大きなテーマにしようかなあと漠然と思っている。政治思想的な話じゃないからね、右翼とかレッテル貼らんでね。

最近思い始めたことのひとつに、俳句を詠めるようになりたいってのがある。まあ俳句じゃなくても、短歌とか。

思えば、日本語をネイティブで使えるってめっちゃ特権だと思う。和歌や俳句など、千年以上前からある言葉遊びに、今すぐプレイヤーとして参加できるからだ。もちろん、千年前と現代の言葉は違うところが多いけど、「あったこと、感じたことをリズムに乗せて詠む」っていうルールは一切変わらない。ちゃんと古典を勉強すれば、7,8世紀の先祖の心情に、21世紀の自分がリンクできるかも知れない。これはある種の浪漫だ。

先述の先崎彰容著「本居宣長」では、本居宣長の人生を解説している。けれど、そのために、本居宣長が生きた宝暦・明和という時代や、それ以前の日本史、日本の文化史をざっくり解説している書物にもなっている。本居宣長

例によって感化されやすいワテは、ここに来て俳句を詠めるようになりたくなってきた。

www.youtube.com

「この日記でコーナー作ろっかなー」とか思ったけど、重い義務になっていつかの二の舞いになりそうだから、それはやめとく。

教授からのメール

土曜日、教授から実験結果を催促するメールが来た。どうやら、予備審査の締め切りがかなりまずいらしい。割と綱渡り状態。

当然、綱を渡れるようにはしたい。渡り切ることを考えている。

けど、仙台にもう1年いれるって考えるのも、まあアリかなと思ってきた。幸い、仙台に多くの人と知己を得た。それは同じ東北大学の学生もそうだし、何より、仙台のいろんな大人と関係を築けた。「この人たちが俺の仙台の親父だ」「この人が俺の仙台のオカンだ」とそれぞれ言える。

そんな人達とあと1年過ごせるって考えると、ナシではないな、って。

スウェーデン邦人のお便り

7日日曜、研究室にいながら日曜天国を聞いていた。番組終盤でスウェーデンから聞いているというリスナーのメールが紹介されていた。

スウェーデンは幸福度世界トップだが、日本よりも圧倒的に不便。スーパーの品揃えは悪く、休みのシーズンに入ればそもそも店が空いていない。郵便も全然届かず、企業のストが始まると問い合わせが返ってくるのは数カ月後。だけれど、この不便さこそが幸福への鍵なんだと感じている。品揃えも悪さも「品選びに時間がかからない」と思えば幸せだし、国民こぞって家族と過ごすためなら、店が開いてないのも理解できる。

そうしたお便りだった。

GASとLINE APIを繋いで在庫管理アプリを作った

ワシが3年前に立ち上げた光ファの物販企画。いろんな人の助言や助けもあって、軌道に乗っている。

この間、責任者の任は外れているけれど、色々やっている。3年前の立ち上げ当初は販売記録を紙で取ってたけど、まあ大変だった。A4用紙を何十枚も刷ったし、紙のナンバリングとか管理面倒だし、Excelに打ち込むのもとんでもない労力だし、何より紙だから雨とか雪でやられる。

そんなこんなで、2年前は担当を外れたけど、後任者を口説いて販売記録のIT化を行った。いわゆる、POSレジの製作。独自にサーバー立てたりは学習コストも経済的コストもかかるから、スンドゥブ食う也(当時)の助言をもらって、GASでサイトを作り、スプシに記録するシステムを組んだ。去年もそれで運営した。

UIについては改善の余地あるけど、それより大きな課題だったのが、在庫と販売実績の確認方法。

在庫数についてはサイトにそのまま表示されるような仕組みにしてたけど、100人近いボランティアが利用することを考えて、使いやすさの観点からログイン不要にしてた。おかげで、URL知ってたら部外者でも販売数を知れちゃう状況にあった。うーん、まずい。販売実績については、その都度スプシを開いて、今日の日付の行を別のシートにいちいちコピペして、そっから本数をSUM()したり、時間別で見たり。これもPCでやらなきゃいけず、なかなか面倒。

ということで、今年はシステム改修を入れた。

販売記録の方は同じサイトを使う。在庫と販売実績の確認は、公式LINEを作って、そこで確認させる方式にした。小売業でいうハンディターミナル的なシステム。

システムの内容としては、

  1. 公式LINEを友だち追加
  2. チャットで「在庫確認」とかの決まったコマンドを打つ
  3. LINE Messaging APIがGASにリクエストを投げる
  4. コマンドに応じて、販売データが貯まってるスプシからデータを取得
  5. ログなりメタデータなりをごにょごにょする
  6. APIに投げ返してLINEで返信

こんなシステムを作った。

作って、何人かにデバッグがてら公開して、去年のデータでデモプレイやってるけど、割と便利。課題だった「配布数誰でも見れちゃう問題」と「時間別比率とかの実績が見たいときに見れない問題」が一気に解消された。

「配布数誰でも見れちゃう問題」については、公式LINE追加しちゃえば誰でも見れちゃうのは依然としてそう。だけど、こっちのほうがアクセス性は低いし、誰がLINE登録してるかはアカウントの管理画面で確認できるし、誰がどの情報持ってったかも全部足跡残るようにしてる。

売上金額の情報は直接は持ち出せないプログラムだから、まあいいでしょ。

今回、初めて公式LINE作って、初めてAPIってものを使って、Webhookとかトークンとかいうものも扱った。「はへーんこんなこともできんだ」って驚きもあったり、自分が欲しかったものが割と楽に作れちゃったのに感動している(製作約20時間弱)。

石破首相、辞任表明

7日日曜の15時過ぎか、石破首相辞任表明という速報が各社の公式LINEから流れてきた。「また誤報なんじゃないの」と思いつつも、読売毎日だけだった前回よりも多くの社から流れてきている。どうやら18時から会見をやるらしい。

バイトを終えて会見を見たが、大きく疑問に思ったことが一つ。それは、ずっと主語が自民党総裁だったこと。

え、これって官邸でやってる会見だよね。のっけから「この度わたくしは、自由民主党総裁の職を辞することと致しました」から始まって、次に出た言葉は党規に則って総裁選をやることを党幹事長に伝えたって。なんか終始「自民党総裁として、これ以上党の分断を煽りたくない」とか「党員党友の皆様方に於かれましては」とか、総理大臣の会見じゃなくって、まるで自民党の会見を見てるようでずっとうずうずしてた。どこ見てそこに立っとんのや。

会見の中身で言いたいことは色々あるけど、ここには書かない。

あとこの会見で初めて知ったけど、「石破構文」なるものがあるらしい。

石破構文

基本ワシは石破政権どころか2018年だかの総裁選出たときから支持してないし、構文も好きではない。回りくどいくせに結局一般論しか言わないあの答弁。そーいえば先の参院選で仙台駅前に遊説来るらしいって聞いたけど、「おじいちゃんの説教受けてる感覚に陥りそうだなー」と思って結局行かなかった。

けど、「独特のワーディング」は好きだった。なんだろうね、ちょっと古風な物言いといえばそうだけど、日本語の豊かさというか、表現の豊かさみたいなものは感じられたから好きだった。答弁の中身がしっかりしててこういう言葉遣いなら、まさに「言論の府」みたいな感じがあってよかったんだけどね。

「よどみない答弁で正論の部分は聞き入ってしまうが、議事録をよく読むと質問にほとんど答えていない。初めに結論を言ってほしい(立民・長妻昭氏)」指摘って感じじゃなくて困惑って感じでウケる。

www.nikkei.com

国政どうなんだろうね。今から総裁選やったら臨時国会も後ろ倒しになるでしょ。んで年またがんなら審議短くなるでしょ。そんでもって、新総裁になってから今の議席数ですぐ臨時国会に対応できるかと言われると、自民党にそんな人いるのかが疑問。どうなるんだろうね。

他の日記

  • 3日水曜、図書館で待ちぼうけ。
  • 4日木曜、朝から実験やろうと思うも、備品確認のメール返信が来なかったため、寝坊ける。夕刻、川内の本館でまったりし、バイトへ。
  • 6日土曜、バイトの後、定例会。段々と人が集まりだしてきた。よかつた。
  • 7日日曜、下の動画を見た。

    www.youtube.com
  • 8日月曜、大雨の中、朝9時前から6時まで特講に出て、そっから夜中3時まで実験をやった。
  • 9日火曜、特講に出て、実行委員会。懇親会でKさんとずっと喋って、Bさんとも初めてご一緒した。
  • 10日水曜、18時から90分教授と話す。やっぱり喋り方ヘタだなあと思うけど、色々考えてくださってるのは伝わる。Gさんもありがとうございます。
  • 12日金曜、バ先の飲み会。
  • 14日日曜、13時からOA、Cと対面で作業会。ジャズフェスを見つつ、ずっと作業。22時、OAととんとんで夜飯を食った。
  • 17日水曜、会議。まさかの24時に終わって、そっから焼肉食わせてもらった。
  • 18日木曜、内定者面談をブッチしてしまう。謝る。
  • 20日土曜、定例会。久々にダーツをする。
  • 21日日曜、Jさんにサシでごちそういただく。ちょい重な話を2つした。夕方、電話越しにHさんと雑談をした。
  • 22日〜24日、沈み込む。
  • 25日木曜、シフトで研究室に行く。ちょっと元気出る。
  • 28日日曜、9時半から大学図書館で波奈勉強会。ちょっと研究と日記を書く。BBQに行き、バイトに行き、帰る。

86本目の日記 〜書き直し〜

久々の日記

久々に日記を書く。思えば、ここ数年の日記は、その文量が肥大化していた。頭が疲れたいたのか、はたまた、なにかに脅迫されていたのか...。

答えはどっちでもいいし、どっちでもあるんだろうけど、まあどうでもいい。日記なのだから、もっと軽やかに、あったことをありありと、思ったことを思うままに、徒然なるまま書くべきだ。

「慌てず騒がず落ち着いて、優雅な感じで上品に。」かの有名なQVC福島氏の名言(?)だけれど、日常に必要な要素がこのセリフには詰まっている。福ちゃんもそう考えて、このセリフを使って実演販売をしてるんだろう(?)。日記だって、このような、日常に求められる大事な感覚・要素を踏襲すべきだ。ASO・YKJ。

ということで、以前のスタイルはかなぐり捨てて、全くサラにやってみる。

bunnoichi.hatenablog.com

海に行く

22日金曜は研究室に行こうとしたが、学食食って、なんか行く気なくした。ってわけで、久々に荒浜海岸に行った。

前回荒浜に来たのは3月、eのM、Tと夜中2時に来た。昼に来たのは13ヶ月ぶり。

土手に座り、濃度の薄いサングラスをかける。福沢諭吉を読んだり、macを開いて作業をしたり。途中で飽きて、天使たちのシーンを聞きながら土手に寝転んだら、海風が自分を包んだ。群馬と違い、気温も高くない。体感23℃。眼下には太平洋で海水浴を楽しむ人々、リードを外され自由に浜を走り回る子犬と飼い主がいた。なんて素晴らしい光景なのだろう。これぞ幸福な日というもんだ。

以前、アラン幸福論を読もうとしていた。手にとってびっくりしたことは、あくびのことまで書いてあったことだ。あんまちゃんと読んでないから正しいこと言えんけど、確かエッセイ形式だったと思う。

そんなことを思い出しながら、海風、雲間の青空、オザケンのメッセージを感じ取った。身体に一切の障害を負わず、風の心地よさも、空の青さも、音楽の素晴らしさも、すべて感じ取れている。いま自分も、愛すべきサークルの中にいるのかもしれない。

後輩への指導

光ファに所属して、年次にして4年目である。これまで、初年度は物販立ち上げ、2年目はのらりくらりしながら物販企画のPOS開発、3年目は音楽イベントの立ち上げをB2の後輩Cと二人三脚でやった。

4年目の今年は、(卒業できれば)最後の年だから「自分が何を創れるか」よりも「後輩に何を伝えられるか」みたいなとこに重きを置きたがってることに気がついた。この間、意識高い系の団体に身を置いていたのもあるかもしれない。チームの作り方や物事を前に進めるやり方、みたいなのも興味があった。

であるならば、これを以て、組織改善、あるいは後進育成に努めようと、今年の自分の方向性を見出した。

今年、学生代表に就任したCと、また二人三脚で活動にあたっている。

割と初めて、後輩に対する指導というものをしている。バイトで「これ教えてあげて」とかとは次元が違う。自分がこれまで培ってきた経験をベースに、小手先の技術論から大局的な考え方まで、今の時点で自分が身につけているものを最大限に伝達しようとしている。

教える中身は置いておいて、教える方法が難しい。思いっきりぶつかるのが良いのかと言われれば、ウチの団体の雰囲気に馴染まないし、なよっとやれば良いのかと言われれば、なんかそれも違う気がする。

個々人に合わせて伝え方は変えるけど、どういうふうに指導したら良いかが、うーん。

先崎彰容の本を買う

先の参院選の流れでよく論じられてた「日本人とはなにか論」。「日本人とは何か、日本とは何か」に関してはすごく勉強をしてみたい。これは別に極右的政治的な主義主張じゃなく(ここでそれを開陳するつもりもない)、日本に生まれ、今のところ日本で死ぬ予定だから、「日本で生きる」ではなく「日本に生きる」ことを今後の人生のふわっと大きな軸にしたいと思ってる。

そんな中、Pivotの動画に出会った。


www.youtube.com

先崎彰容は本居宣長西郷隆盛に関する本を書いたけど、それらを書いた理由について「近年の行き過ぎた日本礼賛ブームに歯止めをかけ、落ち着いて日本を知ろう的な目的で書いた」ってなことを言っていた。

まあ確かに、最近の、というかネットで人気を博す日本論って、「他国に比べ日本はココがスゴイ」とか「外国人コミュニティはどうだ」とか、そういう言わばファストフード的な日本礼賛がはびこってた。確かに、すごいとこはすごいと思うし、外国人コミュニティが押し並べて悪いとか良いとか言うつもりは毛頭ない。ただ、ネットで語られる日本はこうだ論って、大体ファストフード的というか表層的というかテレビバラエティ的というか、そんな気はしてた。

そうじゃないんだよ、生きたいのは。皇紀にして約二千七百年の中で日本を理解したいのであって、そんな超超細かい話で日本はこうだ、みたいなことじゃない。だから、コレ言うと色々言われそうだけど、市長の学歴詐称とか全然興味ない。

最近の個人的な志向として、これに限らず自分がやってるサークル活動とか自分の人生に関してもそうだけど、小手先の話より大きな話をしたいと思ってた。本質的、って言って良いのだろうか。だから、そういうことをこと日本について語った先崎彰容のその言葉は、すっと入ってきた。

同窓会誌のおもしろかったページ

研究室に行くと、デスクに工学部の同窓会誌「青葉工業会」が置いてあった。パラパラ読むと「退職教員の今」的な特集で、約20年前に定年退職した教員らの近況報告が載せられていた。

人によって様々で、教員時代の思い出話をする人もいれば、ガチ研究の話しか書かん人もいる。でもやっぱ、面白かったのは退職後の生活の話をする人たち。学生、研究者と来て、みな老後を第三の人生と位置づけて、つらつら書いていた。

中でもおもろかったのが、退職後、仙台に新たな土地と家を買った先生。この先生は「説教をするな」「自慢話をするな」「昔を語るな」の老人三戒を守ってきたが、今回それを破って初めて寄稿したらしい。中身がまた面白かった。

「退職直後に買おうとした土地候補の一つが、実は庭先で娘が焼身自殺したいわくつきで、買わなくてよかった」「嫁のガーデニングに合わせてDIYをやっていたら、創作意欲が開花し、パーゴラ、バラのトンネルなどを作りはじめ、ホームセンターの特賞やNHKの園芸番組で紹介されるまでになった」「吉永小百合が毎日1000メートル泳ぐというので、負けじと毎夕1000メートル泳いでる」「AIがすごいらしいから、昔やってた将棋を再開し、この間50年ぶりに人と対戦して自称将棋四段に3勝して気分が良い」「自動ブレーキ付きの車に買い換えたが、きっかけは旧知のIK氏が池袋で事故を起こしたから」

うーむ、実に面白い。

Hに遭う

9月2日火曜、BOOOKでHに遭った。Hは中学の同級生で、仲良しグルで飯に行ったり、同窓会を一緒に運営したりした仲。Hは女子校へ、ワテは高専へ進学し、お互いの進路も知らぬまま東北大への進学を決め、青葉山で再び同窓となった。

そんなHに、久方ぶりに青葉山のBOOOKで遭った。向こうから声をかけてくれた。ありがたかった。

その他の日記

  • 22日金曜深夜、Kの嫁と初めて話す。かなり気があった感覚があった。
  • 23日土曜、定例会。飲み会で事故り、駆けずり回る。まあ何もなくてよかった。
  • 24日日曜、Jさんにサシで昼食を御馳走いただく。休憩中、Mさんと喋ってブルベとイエベって概念を知る。
  • 25日月曜、朝起きようとするも、結局13時起床。14時間寝てた。
  • 29日金曜〜31日日曜、岩手旅行。
  • 2日火曜、H先生相談。
  • 杭州から迷惑電話来てぴえん。

84本目の日記 〜12月〜

12月

仙台に来てからお世話になっている団体に費やした1ヶ月間だった。自分の人生観にも大きく影響している。もはや、恩返し的な意味合いで活動している。今回はその振り返りみたいな感じになりそう。

3年目にやったこと

色々やったなあ。特に思い出深かったものを書いてみる。

3年目のM1という立場

今年、ワシは3年目であり、かつほとんど最年長だった。客観的に、B1B2の1年目後輩から見たら大きな存在である。だからこそ、今年度のはじめ、近づき方や物言い、見られ方など、Sほどじゃないけれどまあまあ気にしていた。

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83本目の日記 〜11月号〜

青葉山へ戻る

いやー、11月入ってから急に寒くなった。

勉強する意味

11月8日、東京大学理学系研究科物理学専攻のたむらさんがこんな動画上げてんのを見た。


www.youtube.com

小学生の頃、日大卒の父親に「なんでこんなこと勉強するの」とよく訊いては、「うるせえ。こんなんも出来ねえとロクな大人にならんぞ」と言われて、大人しくそれなりに学校の宿題をやっていた(進研ゼミは全くやらんかったけど)。

中学に入ると純粋に学校の勉強が楽しくなり、進んでやってた記憶がある。特に、数学の代数と解析と、理科の第2分野、それから英語。英語に関してはALTのE先生と作文練習やったり英検2級取れるぐらいにはやってて、何より、英語の歌だったりニュースを理解でき始めたのが嬉しかった。そういえばE先生と作文やってたときがちょうど2016年の大統領選のときで、その話題も彼女としてた。彼女はたしか民主党支持者だった。(...数年後、ワシがバイトをしていたホームセンターに彼女がお子さんを連れてやってきた。中学卒業後に初めて会って、その間に男の子を産んだらしい。Mくん。かいわかった。元気かなあ。)

それから高専に入り大学に編入し、理系科目、とりわけ電気情報分野を一通り勉強し、最近は人文系にも段々と手を出し始めている。

なぜこんなにも勉強したのだろう。

成人式の後のクラス会で、「次の春に大学編入する」って話をしたら、SMに「なんでそこまでして勉強したいの」と訊かれた。その場には同じ東北大工のHもいたけれど、うまく返せたような、返せてないような。

ただ、最寄りの公立小学校から公立中学、工業高専、旧帝工学部、旧帝理系院と、約16年間それなりの学徒として歩んできて、自分なりの答えを書けるようになった。中学校で生徒に講演するつもりで書いてみる。

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82本目の日記 〜我が苦役列車、その後〜

バイクを買った

バイクを買った。今月はこの話に尽きる。

二輪納車

9月半ばに教習所を出所卒業し、9月下旬に新前橋に帰り免許を取った。ということは、そう、バイクを買わなければ。

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81本目の日記 〜8月9月に考えたこと、ごった煮〜

表現をしたい

8月が終わった。長かったような、短かったような。この一ヶ月、日記をほぼ書かなかった。ずっと、何か物書きをしたいという思いはあったんだけれど、なかなか手が進まず。というのも、考えるタイミングは都度都度あるけれど内容が多くて整理が出来ず、頭の中がとっ散らかった状態になってしまい。

まあでも、今回の日記である程度の整理をつけてみた。てなわけで、今回の日記はあんまりまとまりがないし、日記っていうよりも思考の爪痕みたいな感じ。寄せ集め回。

二輪の免許を取った

7月の25日だったか、教習所に入所した。ちょうど山形で豪雨被害が発生した日だったのは覚えてる。仙台でも、あんま経験したこと無い大雨の日だった。

普段原チャリに乗っているけれど、やっぱり活動範囲の限界を感じる。原チャリで行った一番遠いところは多分石巻かな。仙台駅から約50キロ、往復4時間。それ以上になるとちょっとキツイ。それから、原チャリでちんたら左端を走っていると時々、自分の右脇をバイクが颯爽と抜けて行く。やっぱり羨ましくなってしまった。

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